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曼殊院門跡
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「この寝ぬる夜のまに秋にけらし朝けの風昨日にも似ぬ」
一夜寝た間に秋はきたらしい 夜明けの風が昨日とは違う。、

早いものでひぐらしの鳴き声が静かになったと思ったら秋が来て、その秋も徐々に深まりつつあります。
古来より「もののあわれは秋こそまされ」といわれ、また「心づくしの秋」ともいわれます。「秋は物思いのかぎりをつくさせ、人生の寂しさ、人間の存在の哀れさに触れることが多い季節」だそうです。
そういえば書院の縁側に1時間余りも座って、庭を眺めている方も多く見受けます。
秋はもっとも[侘び」「寂び」を実感できる季節なんでしょうか。
「古今和歌集」や「新古今和歌集」にも春の歌よりも秋の歌が多く収められています。
小さな桂離宮といわれる曼殊院は今、たいへん心地よい爽やか風が吹いています。このような荻の葉に吹く風を「荻の声」といわれているそうですが、優雅ですネ。。
 
          茅   門
     桂離宮の門とよく似ています。                      

今年も夜間拝観いたします

11月 1日〜11月30日

   観時間 日没〜19時30分受付終了 閉門20時
 
曼殊院の夜間拝観は、夜間見回りの折、月に照らされたお庭が、月の光と比叡山からの霊気とで幽玄な雰囲 気を醸し出しており、一般の方々にもこの感覚を見て感じていただこうということから始めました。「月夜 をイメージし、光を控えめにして僧侶の感覚で、僧侶の手作りで設置するとこのようになりました」というのが曼殊院の夜間拝観です。
                
 

     小書院             大書院

   谷崎潤一郎先生寄贈の鐘      敦忠の山荘跡前は音羽川 

曼殊院には「谷崎潤一郎先生寄贈の鐘」があります。この鐘は法要の準備や開始の合図に使用します。谷崎先生の代表作のひとつ「少将滋幹の母」を執筆するにあたり、当時天台宗の碩学と呼ばれた曼殊院第三十九世山口光円門主に天台の教学を学び、作中に描かれました。また滋幹が雲母坂超えて、恋慕う母に再会する有名なラストシーンについて、谷崎先生は、「ちやうど現在の曼殊院のあるあたり」といわれており、山口門主から一乗寺近辺の地理・道程をも聞かれ、作品に書かれました。谷崎先生はお母さんの法要をここ曼殊院で営まれています。
《少将滋幹の母》
 菅原道真公は政略・讒言などで、大宰府に左遷されますが、首謀者は藤原時平です。この時平はこともあろうに、自分の老齢の叔父、大納言国経の美しい若妻に横恋慕し、奪ってしまいます。この若妻は北の方といい、4歳か5歳の子がいました。これが滋幹です。残された滋幹は母を恋しく思い、妻が忘れられない国経はというと、妻をあきらめようと屍骸捨て場に行き、若い女性の死体の前に座り、不浄観を行じる場面があります。この不浄観というのは、執着心を取り除く行法の一つで、死体が腐敗し・白骨化し・土に帰るまでの姿を心中に感じ、煩悩・欲望を取り除く観法ですが、「少将滋幹の母}の文中に「日ごろ眷顧を蒙っている天台宗の某碩学などに尋ね・・・」とあり、これは山口門主のことです。また時平の子である、権中納言敦忠はこの一乗寺曼殊院の近辺に山荘を営んでいました。敦忠は三十六歌仙の一人ですが、早くから菅原道真公の怨霊による悲運を感じ、「我が家は短命の筋・自分は早く死ぬ」と予見していました。この敦忠の山荘跡に菅原道真公を祀る北野天満宮の別当職を務める曼殊院が移ってくるとは。不思議な縁を感じます。尚敦忠の山荘は音羽川の水をせき入れて、人工の滝をつくり、池を設けて木々を配し、この上もなく風雅な山荘で、今の修学院離宮から曼殊院あたりにかけてあったといわれています。

敦忠亡き後山荘を訪れた伊勢の歌
   音羽川せき入れておとす滝つ瀬に 人の心の見えもするかな

※先般藤原敦忠を取材していた某テレビ局から、曼殊院から南西に下ったところに、「藤原敦忠山荘跡」という真新しい石碑が立っていますが、との問い合わせがありました。その場所は音羽川からはかなり離れており、近くに別な谷からの川が流れているので、わざわざ音羽川から水を引く必要もなく、また地理的に起伏も少ないですし、風雅な山荘を営むには無理があると思います。地元の方はわかっておられると思いますが。その場所に石碑を建てられた意図はわかりません。


 大書院こけら葺屋根の葺替作業が終わりました。雅な宮中・公家文化を
 ご覧下さい。どうです優雅でしょ・・・・。

「国宝黄不動尊」のお腹に小さなお不動さんが薄墨で描かれていたことがわかりました。これは絵師が仏画を描き始めるにあたり、布地を清めるために描こうとする仏像の姿を僧侶が「香水」で描く、「御衣絹加持」の痕跡で、普通香水は無色透明の水であるため、本来は残らないが、今回その痕跡が発見されました。平成28年8月7日京都国立博物館でプレス発表が行われ、多くのマスコミの関係者の方においでいただきました。

          
これは何でしょう?
 
正解は枕です。親王様が関東へ下る際、旅先でも茶道・香道を楽しむためのものです。どんな環境でも心静かに。智慧は静かな心から生ま
れる。「平常心是れ道」 

1月3日

2月15日

5月

7月5日

正月・4月・9月


毎月28日

不動尊初護摩

涅槃会

菌塚法要

良尚親王忌

弁財天例祭

不動尊護摩供養


希望があれば、執事長が「10分間法話」をさせていただきます
事前に連絡をお願いします

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